2009年2月26日木曜日

職人さんの手もと拝見…



昨年の夏に工事がはじまり、毎日のように工事を見学させてもらっている奉公人1。
職人さんの手もとを見ていていつも感心することばかり。

以前、大工さんから聞いたお話の中で
「一見、作業は同じ動作の繰り返しで単調に見えるかもしれないけれど、 “加減”が難しいんです」
とおっしゃっていたのが、なるほど、と印象的でした。

それは、左官屋さんのコテ塗りの作業も、お庭やさんの植物の扱いだって、全部に言えることなんだなぁと、昨日、スギゴケを植えているお庭やさんに手もとを眺めていて、改めて感じました。
もう、ずーっと眺めていられるような気がします。(奉公人1はややマニアックなのです)

苔を少量ずつ土に植え、バランスを見ながら、その上のヒサカキをちょんちょんと切って整えていきます。
必要な個所をうっかり切ってしまったりしたら大変!と見ているだけのこちらが勝手にハラハラ。
そんなことはもちろん構わず職人さんはスピーディに、適格に、作業されています。

作業が続き、ヒサカキも苔も、更にいきいきとしてゆきます。

「生け花」のような緊張感と美しさ。

お庭の中でも、お茶室から見える部分はベテランの職人さんが担当されているようです。若い職人さんは後ろで砂利を運んでいました。知識や技とともにこういう“姿”も継承されていくのだと思うと、職人さんの世界ってこれまたドラマだわ。

2009年2月19日木曜日

ライトアップ ↑


神田の家の完成が近付いてまいりました。
今回は照明デザイナーさんにお越し頂き、オープン後の
ライトアップのため、照明実験が行われることに。


デザイナーさんいわく、

「石でできた西洋のお城やなんかとは違って、
日本の家屋は内からこぼれるあかりがあったほうが
より魅力が引き出るんだよ」
家の中の灯りも表から見たときの要素になるのですね。

なるほど、障子紙の柔らかなひかりや格子の美しさがなんとも
いえない陰影をつくり出しています。

お庭の植木も照らしたりして、しだれ桜の影がきれいに落ちる
ような、しっとりしたライティングになりそうです。

2009年2月14日土曜日

平将門公法要☆柴崎道場日輪寺

2月14日といえば…?


「バレンタイン!」と答えた方、甘いですね~


このブログを読んでしまった方には、今後からは是非!

「平将門公の命日!」と答えてしまう、ビターな人になってほしいところ。


2月14日、神田の家のスタッフ2名は浅草、日輪寺へ。
毎年行われているという、将門公の法要を見学させて頂きました。
鎌倉時代末期に柴崎村(現大手町将門塚付近)で疫病が流行った際、遊行中であった時宗の真教上人が首塚を修復し供養して治めたとのこと。
日輪寺は当時村内にあり、真教上人が念仏道場として中興開山することに。以来信仰の場として今日まで続いているのだそうです。

神田の家のスタッフブログで将門公…?と不思議に思うかたもいらっしゃるかもしれません。
神田の家と将門公の関係は、ただたまたま将門公をお祀りする神田明神の隣に建ったというんじゃあありません。神田の家は、神田明神の氏子責任総代まで務めあげ、また将門研究家として生涯をかけた先代・遠藤達藏の生家。神田明神で販売されている『神田明神史考』を執筆した人です。そのため、研究のために集めた資料も多く残されています。 普段は神田の家に置いてはいませんが、ゆくゆくは、展示などで公開してゆく予定です。
オープン後は展示の情報などをHPにアップしてまいります。
将門ファンの方、是非チェックしてみてください☆

ちなみに、法要ではお坊さんがお経を唱えながら何やら投げているのに、あまり仏事に縁のなかった奉公人1はびっくり。 (“散華”というのだそうですね)
そして「誉れ高き将門公~」で始まる頭たちの木遣の勇ましさにすっかりしびれてしまいました。神田の家のBGMにはやはり、木遣りが必要だ!という思いを深めた一日でした。




2009年2月13日金曜日

良いものを永くつかうということ

 
千代田区主催の「大江戸エネルギー事情」という講演を
聞きにいってきました。
講師としていらしたのは同名の著書でおなじみの石川英輔先生。

著書を読んだ方ならお分かりのとおり、とても数字に強い!方で、今回も 諸データをもとに現代のエネルギー話を中心に、生活に要するエネルギー について独自の視点で面白おかしくお話をしてくださいました。

その中の一場面。

「江戸時代は素晴らしい“循環型社会”だったけれど、一番環境にいいのは良いものを使い続けること!」 …と見せて下さったのは、
江戸の安永7年に書かれた寺子屋の算術の本。
なんでも掛算から平方根まで網羅しているとか。

これが、明治になって寺子屋がなくなったと思われる時期、ある男の子に譲られたというシロモノ。(男の子がもらった日付と名前を書き込んでいるのです) 西暦に直してみると1778年に作られてなんと1887年に子供の手へ。


…実に109年も使われていたことになります!!


男の子はさらに妹に譲ったようで妹の名前も。なんとも微笑ましい~
元印刷屋さんの先生は「商売にゃならないけど」と苦笑いしていましたが。

ちなみに、先生はその本の和紙を折り曲げてみせ「3回叩けばもとどおり~」と、いかに和紙が丈夫か、実演して見せて下さいました!
いやはや、まさに職人さんの技の賜物ですね。


我らが「神田の家」も、職人さんたちの技が詰まっています。
和紙や循環型社会のみならず、江戸庶民の生活や文化から今だからこそ見直されていいものってまだまだいっぱいあるはず!
江戸の中心地だった神田の地で、そういうものの「再発見!」を提供する場となればと改めて思うのでした。

2009年2月5日木曜日

節分祭



2月3日節分、皆さん豆まきはされましたか?
昔は何処からともなく「鬼は~外、福は~内」の声が聞こえてきたものだけど、 今は恵方巻きが定着し、豆を撒くお家も 少なくなりましたね。

今回私は神田明神の節分祭で豆まきをして参りました!
400名以上の年男年女が参加し、境内は裃姿や多くの参拝客とで埋め尽く されておりました。 裃を着るとやはり引き締まりますね~。 
気持ちは引き締まったのですが、厚着をして行ってしまった為か(言い訳)、 更に膨らみ、歩く姿までもが関取みたいになってしまいましたが・・。  

そして鬼を払い、皆様の健康と、神田の家の成功を願って、沢山の福を招くよう、私も勢い良く撒かせていただきました! 「鬼は~外、福は~内 」

2009年2月3日火曜日

ブログ開設しました☆




今日は節分。
スタッフ一同、大女将さんからメザシを頂きました!
本当に目にさしてつながっている…
皆の今日の夕飯のおかずが一品決定です。

ちなみに、神田の家では造園作業が順調に
すすんでおります。
写真は、門を入って左手に植わっている
「モッコク」の木。
調べてみると、江戸時代に造園で好まれていた
「江戸五木(えどごぼく)」の内の一本なのだそう。
木にまつわる落語の噺など、探してみようと思います!