どうも、今回は上野です。
江戸紫は学生の時から上野の良心価格婦人服店ABABさんが大好きでよく上野には出掛けるので
上野が描かれているとなんとなく愛着がわきます。
上の絵は奇妙な形をした「月の松」。残念ながら今はありません。
なんでこんな形になったんでしょうね。
一種の病気なのか、
それとも誰かが毎日通い、少しずつ力を加えて完成させた汗と涙の傑作なのか。
こちらが清水堂。
ここから不忍池や弁天堂、本郷大地の大名屋敷を一望できたのです。
寛永8年(1631年)、京都の清水寺を模して建立されたそうです。
たしかに構造は似ていますが、
下方に木々が少ないので、
こちらの清水の舞台から飛び降りたらきっと大変です。
ここは不忍池の中にある弁天堂に続く参道です。
今はこのあたりは食べ物の屋台が沢山並んでいますね。
学生時代にフィールドワークと称してこのあたりの屋台を食べ歩きながら
お店の方々とお話したことを思い出します。
このあたりは随分と桜がきれいだったようで
吉野桜、山桜、八重桜など、咲く時期が異なる桜を植えて
長く花見の楽しめる場所だったそうです。
ただ、いろいろと花見の規制が厳しかったこともあり
若い人たちは飛鳥山や向島に行って
こちらはお年寄りが多かったんだそうです。
今年は叶いませんでしたが、来年は上野でもお花見がしたいものですね。
ここから不忍池や弁天堂、本郷大地の大名屋敷を一望できたのです。
寛永8年(1631年)、京都の清水寺を模して建立されたそうです。
たしかに構造は似ていますが、
下方に木々が少ないので、
こちらの清水の舞台から飛び降りたらきっと大変です。
ここは不忍池の中にある弁天堂に続く参道です。
今はこのあたりは食べ物の屋台が沢山並んでいますね。
学生時代にフィールドワークと称してこのあたりの屋台を食べ歩きながら
お店の方々とお話したことを思い出します。
このあたりは随分と桜がきれいだったようで
吉野桜、山桜、八重桜など、咲く時期が異なる桜を植えて
長く花見の楽しめる場所だったそうです。
ただ、いろいろと花見の規制が厳しかったこともあり
若い人たちは飛鳥山や向島に行って
こちらはお年寄りが多かったんだそうです。
今年は叶いませんでしたが、来年は上野でもお花見がしたいものですね。
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