2012年9月19日水曜日

褄黒豹紋蝶

こんにちは、ご無沙汰しております、おせんです。

 

今日の「神田の家」はなでしこ姐さんの悲鳴からはじまりました。

「きゃ~~」

何事ぞ!!駆け寄るおせん。

見るとそこには、なんともグロテスクな毛虫がいるではありませんか。

 

黒地にオレンジの斑点。体長5センチほど。

毛はないけど、角が何本も生えてます。

パンクロッカーのようなボディ!!

なんとハイコントラストなカラーリング!!

(写真を載せる事は自粛いたします)

 

「どうしてくれよう~~殺!殺!!」

なでしこ姐さんとおせんは心の中で叫びましたが、毛虫が

「殺すの?殺すの??」

と聞きました。

そこで、なでしこ姐さんとおせんは

見るのも触るのも怖いので、虫に気づかなかった事にました。ははは。

 

その毛虫は春になるとオレンジの蝶になります。

きっと何か良い知らせでも、持って来てくれるのでしょう。

待ってるよ!

2012年9月13日木曜日

90年の歳月


 
 
今年の残暑は半端ないですね。 そろそろ夏の疲れが出ている人も多いのではないでしょうか、。 ついついビールが進む毎日です。

昨日 神田須田町にある銅板建築「柏山邸」(旧池田屋)の最後の内覧に行って来ました。  老朽化により90年の歴史に幕を閉じる事になり、その前に内覧させていただけるとの話を聞き駆けつけました。 

昔、万世橋駅があった頃は目の前に建っている池田屋さんがさぞ目立っていた事でしょう。  銅板建築に3階建て、屋根の形状も珍しく、今でも人目を引きます。

1
階が店舗で、横から間口の狭い玄関が2階に通じる入り口。 靴を脱いで上がるとそこはかなりの急、急階段!! 神田の家も結構急だけどそんなもんじゃない!

でもでも私にはつい最近まで同じ階段を上り下りした記憶が・・・。
まさに今建て直ししている知り合いの家の階段とほぼ同じ、。 しかも間取りや形状がかなり似ていてびっくりでした。  

 
でも一つ一つ見てみると2階の床框が黒檀だったり、柱も面取りがしてあり、欄間や建具にも目を引くものがあったりと、、つい目が行ってしまいました。
解体後は近隣の方やご希望の方などに廃材も無駄なく納まるとの事でちょっと安心したのですが、、ただ壊されてしまうのは悲しいですからね。

3週間前まで住んでいたこのお宅には人の息吹が感じられ、時代と共に生きてきた証としての力強さと温かさを感じました。

家を建てるのは大工さんでも、育てるのはそこに住む人たち。  家は時代だけでなく、住んでいた家族をも映します。
2階に上がった所に付いているレトロな照明が綺麗で尋ねたところ、奥様が大変気に入っていて、勿体なくて一度も灯りをつけず、取り壊しが決まってから初めて点けて感激したそうです・・。  大事に大事にしていたんですね~   何だか泣けてきちゃいますね。
建物がなくなるのは淋しいけれど、一つの歴史を築いてきた柏山邸にお疲れ様と、そして
内覧の機会を与えて下さり、また案内してくれた有志の学生さん初め皆様に感謝。


2012年9月8日土曜日

神田の家衣替え~お月見模様

こんにちはー!乙女です。

神田の家は無事にメンテナンスを終え、本日オープンしております。

日差しが強くて暑いですが、是非是非お越しやす♡

冷やし抹茶ございます♡

さて、神田の家が衣替え致しました!!

9月と言えばお月見。土間が月見模様になっております。

お月見の背景をさーっとご紹介します(^^)

平安時代以前に、中国から仲秋の十五夜に月見の祭事が伝わりました。

「仲秋」とは、秋を初秋(旧暦7月)、仲秋(同8月)、晩秋(同9月)の3つに区分した場合、旧暦8月全体を指します。

中秋の夜に雲などで月が隠れて見えないことを「無月(むげつ)」、中秋の晩に雨が降ることを「雨月(うげつ)」と呼び、月が見えないながらもなんとなくほの明るい風情を賞するものとされます。

平安時代頃から貴族などの間で観月の宴や、舟遊び(直接月を見るのではなく船などに乗り、水面に揺れる月を楽しむ)で歌を詠み、宴を催した。また、平安貴族らは月を直接見ることをせず、杯や池にそれを映して楽しんだといいます。

出典:wikipedia
現在のお月見とは異なっていたのですね。直接見ないというのが贅沢な感じがします。
さすが貴族。


可愛いうさぎさん

是非ご覧に来て下さいませ~

2012年8月23日木曜日

江戸時代の水道?!

こんにちは、乙女です。

私事で恐縮ですが、自宅から駅まで約2kmを歩いて通勤するのですが、最近は早朝から暑くて心底まいってしまいます・・・駅に着くと汗だくです(+_+)さらに、セミがうじゃうじゃいる並木道を通るのですが最強虫苦手人間にとってここを通り抜けるのに冷や汗をかくので暑さ倍増!!

秋が待ち遠しい次第ですね。


さて、昨日、事務所で「神田川」が話題に上がりました!水源は一体全体どこなのだ\(゜ロ\)(/ロ゜)/と。発端は、事務所のすぐ脇を通る神田川。

インターネットで検索すればすればすぐに出てきます。偉大なるwikipedia先生万歳♪
ですがこの答えを知っている方は多くはないのではと思います。

なので、神田川にまつわる話を江戸時代まで遡ってみましょう(゜∀゜)


【始まり始まり~】
■まず、上記の答えは井の頭池です。神田川の誕生はというと、秀忠公の時代の元和2年(1616)
 から神田山を切り開き開削し始めた時。元々「平川」と呼ばれていたそうな。

 これは江戸城の外堀の役割と神田上水を設けるために行われました。完成は万治3年(1660)。

 「神田川」の名前の由来は、神田山を切り開いてつくったため・神田を流れているためと言われて
 いるようですが、シンプル!!また、この開削作業を仙台藩が請け負っていたため「仙台堀」とも呼
 ばれたそう。

 今現在の皇居のお濠に平川濠という名前のものがあり、位置もばっちり神田川と合流していただ
 ろう場所にあります。

 そして隅田川(別名:大川)へ合流し、東京湾へ流れ出るわけです。

■上記で出てきた神田上水、江戸時代には大変に重宝され活用されていたものですがどんな役目
 だったかご存知でしょうか??

ヒント⇒生活必須物資。これがないと生きていけない!
 


                    ↓

正解⇒水道水☆ むしろ名前がかなりのヒントでしたね;苦笑

関口(文京区)において神田川に堰をつくって江戸市中へその流れを引きました。なので神田川は神田上水の下流部にあたるわけです。

さらにすごいのは、街路の下に木桶を張り巡らせこの上水を町中へ流していたということです!!
驚きました\(゜ロ\)(/ロ゜)/

外堀を越えさせる為に、御茶ノ水の少し上の位置で懸樋(水道橋)を利用して神田川(外堀)を越えたんですって!そして後にこの懸樋の隣にあった橋も水道橋と呼ばれるようになったと。
懸樋って、ローマでみられる水を流すための橋のようなものと同じ?!これに感動~

江戸の最初の上水が神田上水、次いで玉川上水の順番です。

※当時の堀:江戸城を中心にひらがなの「」の字の様に右回り螺旋状になっていた!

さらにさらに、当時でも水道使用料がかかったみたいです(>_<)武士は禄高・町人は間口によって決められていたなんて、制度もしっかり運用されてたんですねー!!徳川将軍に脱帽です。

さらに月日は経ち、昭和40年(1965)に旧神田上水を含めて「神田川」という名に統一されたようです。


ではここで・・・ 歌川広重『名所江戸百景 せき口上水端はせを庵椿やま』

 

何とも風情があります♡
 
これを読んでくださった方、これであなたも東京お江戸通かも♪♪

参考文献:江戸文化歴史検定公式テキスト『大江戸見聞録』 小学館 2012年

P.S. そうです、参考文献・・・来たる10月に江戸検定を受験しようと一念発起した乙女も勉強中なの 
   です(゜∀゜)合否をお楽しみに・・・

では。









2012年8月20日月曜日

神田の家の将来・・・

こんにちは!乙女です。

夏休み明けでまだ頭と体がなまっていますが、リフレッシュされて猛暑を乗り切れそうです(゜∀゜)

さてさて、テレビ東京で毎週日曜21:54放送開始の「ソロモン流」という番組ご存知でしょうか??

昨晩たまたまテレビを見ていたら幸運にもこの番組がやっていて、しかも【竹笹堂】さんの
摺師6代目である原田裕子さんが取り上げられていたんです!!!

なぜこんなに興奮気味かと申しますと、先月のブログにも書きました様に、乙女は祇園祭のときに
この竹笹堂さんの店舗のすぐ近くにいたのです。おそらく、撮影日も私がいた日です。
というのもテレビでインタビューされていた外国人の方と話したので覚えていました♪



この突き当りの角を右折すると


 竹笹堂さんへと続く道



それにしても木版画職人の原田さん、すごいですね~。
伝統を時代に合わせてアレンジして自分の物にしたまさに匠。

神田の家の将来を考えさせられました\(゜ロ\)(/ロ゜)/

神田の家も、伝統を継承しながらも時代に沿い多くの方々に認めれ
且つ海外と平和的につながる企画・運営をしていきたいと思います!

think think thinkですね~

なんだか、乙女の独り言の場みたいになってしまって恐縮です・・・(;_;)

2012年8月18日土曜日

江戸からくり人形展 in 深川江戸資料館


こんにちは!江戸紫です。
今日は、深川江戸資料館にお邪魔して参りました!

江戸時代末の深川佐賀町の町並みが実物大で再現されていて、
アカデミックな感じの江戸東京博物館と比べて
こちらの深川江戸資料館は当時の暮らしがより体感でき
小さい子供でも十分に楽しめるように感じました。



八百屋さんの内部。自由に入れるようになっています。


お!これは!


久松るすのお札!!

久松るすといえば、神田の家の玄関に貼っていたお札
8月3日放送のNHK教育『花鳥風月堂』で紹介していただきました!

神田の家には冬季限定で貼っていたのですが、
最近夏風邪をひいてしまい、貼ったままにしておけばよかったと後悔しています(泣)。



そして現在こちらの資料館では、「江戸からくり人形展」という特別展を開催中で、



江戸紫も小学生の子供たちに混じって
からくり人形の実演を見学させていただきました!

こちらのからくりは、箱の中身が変わる手品のからくり。
上の写真では持ち上げた箱の中にお餅が入っているのが
よく見るとお分かりいただけるかと思いますが、箱をかぶせて・・・


箱を開けると!
なんと桃に変わっています!


こちらは魚釣りのからくり人形。
揺れる釣り糸がうまく穴に入らないと成功しない、繊細微妙なからくりです。
ちなみに釣りをしている女性は神功皇后。八幡神のお一人ですね。


こちらの特別展は19日まで開催中で、
深川江戸資料館の入場料のみで見学することができます。
からくり好きの江戸紫にとって何時間でも見ていたい、そんな企画展でした。


江東区深川江戸資料館
〒135-0021 東京都江東区白河1-3-28
入場料 300円(高校生以上・個人の場合)

2012年8月13日月曜日

富岡八幡宮の水かけ祭り!


はい、どうも江戸紫です!
昨日はお江戸の八幡様、富岡八幡宮へ行って参りました!

本祭りは3年に一度ということですが去年は震災で中止になり、
今年は4年ぶりの本祭り。
11日から15日までいろんな行事があるのですが
昨日は神輿の渡御が行われました。


お参りをする為の行列。
大変な人の数です。



出店も沢山。
富岡八幡宮のお祭りは、江戸の三大祭の一つに数えられています。
他の二つは言うまでもなく、日枝山王の山王祭と
神田の家のお隣、神田明神の神田祭ですね。


12時半ごろ、神輿がやって来ました!


水かけ祭りの名の通り、
沿道にいる観衆から渡御する神輿に清めの水がかけられます。
水かけは誰でもできるそうで、
中には水鉄砲で水かけを行っている人もいたのですが
どうやったってこれは水鉄砲じゃないだろうという水しぶき↑。

どのようにかけているのか、人を掻き分け行ってみると・・・



深川消防団の方がホースでかけていました!



沿道に設けられた台の上からも
バケツでじゃばじゃばと水を浴びせていました。


足元は水だらけ。
水掛の瞬間は拍手喝采でした。


江戸紫は13時過ぎには昼食作りの為に帰宅してしまったのですが、
15時あたりに天皇陛下がいらしてたそうです。
ロンドン五輪銀メダリストも来てたみたいです。

どちらにも会えませんでした。



余談ですが、
一つ面白いな~と思ったのが、



纏なんですね!