2011年6月22日水曜日

猿わか町よるの景 の巻

今回は猿若町です。
天保の改革で浅草の北部に移転した芝居小屋の集まる町。
もともとは日本橋人形町付近にあったんですが、
歌舞伎は幕府に嫌われていたので、辺鄙な場所に移転させられたんですね。
でも幕府の思惑とは裏腹に、浅草寺や吉原が近かったこともあって
かえって繁盛しちゃったそうです。

ちなみに猿若町の名称は、
江戸歌舞伎の草分け猿若勘三郎(初代中村勘三郎)の名にちなんでつけられたそうです。

上の絵に描かれているやぐらは
幕府公認の芝居小屋の証でありました。
でも普通はやぐらに座紋が描かれた幕が張ってあったりするんですけど
なんでかな、張ってないのは営業時間が終了したからなんでしょうか。

当時は明け六つから暮れ六つまでの日中の興業でしたから。




芝居小屋(こちらは森田屋さん)の前には、天水桶と手桶が置いてあります。
なぜってもちろん、消火の為です。
江戸の町は火事が多かったですし、
芝居小屋が猿若町に移転させられたキッカケも
中村座の楽屋から火が出て周辺を焼いてしまった事にあるんです。

そういえば、助六くんがお芝居の中で追手に追われて天水桶の中に潜るシーンがありましたね。
ちなみに新日屋さんの助六くんは神田の家に来ことがあるんですよ。http://www.shinnichiya.com/photo.html





芝居小屋に向かい合うように並んでいる芝居茶屋。
「いやー今日もいい芝居だった」
「あらそれはよかったわ。何かお飲みになります?」
「そうだなあ、生ビールジョッキで頼むよ」
なんて話しているんでしょうか。
当時のお客さんは芝居茶屋を通じて席をとったり、食事をとっていたそうです。




いやあ、ムーンライトと人の影が何ともいえずいいですなあ。

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